2007年2月7日
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┏━┫ 週刊 自転車ツーキニスト "Weekly Bicycle Tourkinist" ┣━┓
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【速報】警察庁はホントにパンドラの箱を開けていた、の298号
警察庁の官僚3人を招いての「自転車議連」の総会は、本日(2/7)午後5時、衆議院第一議員会館、第一会議室で行われた。
いやー、私はもうなんだかワケが分からない。
警察庁の3人(喋ったのは2人)は、清々しくも、誠実なほどの答弁ぶりであった。
出席したのは、矢代隆義交通局長と、横山雅之交通企画課長、早川治交通安全企画官の3名で、矢代局長が概括的なポリシーの説明をした後、主に横山交通企画課長が、細かい説明をしていった。
中でも画期的だったのは、次の三点だろう。
●1)自転車の歩道通行要件の見直し
道路標識などにより通行可とされている場合のほか、
*児童・幼児などが運転する場合
*危険を回避するためやむを得ない状況である場合
に限り自転車の歩道通行を認める
(警察庁文書「警察庁における今後の自転車対策の考え方」より)
さあ、どうだ。
「児童・幼児」については疑義を孕みつつも、まあここでは置いておく。
問題は「*危険を回避するためやむを得ない状況である場合」の部分だ。実はここが最後に残された一番危ない部分だったのだが、これはいったいどういう意味だろう。
私はその点を質問した。
横山交通企画課長による回答はこうである。
「*危険を回避するためやむを得ない状況である場合」については、試案にあった「車道を通行することが危険である場合」を、変更したもので、その具体的意味は、道路工事などの場合のあくまで限定された緊急避難的なものでしかない。(横山課長)
うわ。すごいじゃないか。「車道の危険」は、とりあえず「道路工事などの緊急避難的なもの」に限定されたぞ。これなら話は分かる。
二つ目。
●2)自転車通行に関するルールの周知とルール遵守の徹底について
これについて、私は次のような質問をした。
「大変失礼ではありますが、その前にいわゆる"白チャリ"のルール徹底が先ではないでしょうか。自転車乗車の警察官は、現在、歩道も車道も、併走もありで、交通法規を無視してるように見えるのですが?」
これに対する回答はこうだ。
確かに、指摘されたような事実はあることを認めざるを得ない。我々としては、まずは内部教育を徹底し、現場で指導に当たる警察官には、ルールを遵守、原則車道を徹底させる所存。(横山課長)
どうだ、この清々しいまでの認めぶりは。
私は感動したぞ。警察庁はほんとに本気なのかもしれない。
さらに三つ目
●3)車道上の自転車レーン整備はいいが、そんなことが実現できるのですか。その前に違法駐車の排除についてはどうなのでしょう?
これまた私の質問である。これに対しての回答はこうだ。
昨年からの違法駐車対策の強化によって、違法駐車数はかなり減った。だが、現実としては地域によって差がある状態であるといえる。しかし、今後、取締を強化し、特に自転車レーン整備の際には、レーン上については、より厳しく、効果的な対策を行う所存。(横山課長)
ふーむ、特に自転車レーンの部分がすごいではないか。
ちなみにこれらの回答は、みな質問を受けるとともに、即座に出てきたものだ。
以前の「木で鼻を括ったような」「はぐらかしばかり」の警察庁の説明とは、もう雲泥の差だ。
それ以上に、ちゃんと自転車のことを考えているじゃないか。
そして、例の文書の中にない、次のような内容を公の席で明言した。
●(原則車道の自転車交通秩序の回復などの)今後の自転車対策は、やらなくてはならないこと。
時間はかかると思われるが、警察庁は「腰を据えた対策」をとらねばならない。(矢代局長)
●幹線道路の(自転車)車道通行禁止などということはしない。それを推進する政策はとらない。(横山課長)
●計画的に通行環境を整備し、原則車道を徹底することの広報につとめる。(横山課長)
驚くではないか。
以上の内容は、谷垣禎一元国家公安委員長をはじめとする国会議員各氏、および、テレビ3局を含む多くのマスメディア(新聞各紙の数については外見だけでは確認できないもので)の前で明言されたものなのである。
もう後戻りはきかない。
警察は今や「自転車は車道」に大きくシフトしたのだ。
明日の朝刊に「歩道通行は今後、限定的に」または「自転車通行の新時代?」などの文字が、少なくともベタ記事では載るであろう。
本当はベタ記事どころか、ここ30年来の、日本の交通のパラダイムシフトなんだが。
今回の速報はここまでにするが、もう以前のような心配は要らない。
それどころか、現在の私が心配なのは、むしろ、あまりに理想的すぎて「こんなことが実現できるのか?」「はたして一般のママチャリ市民の理解を得られるのだろうか?」という点だ。
真面目な話、警察庁は「パンドラの箱」をあけてしまった。
だが、それは同様に「我々にとってのパンドラの箱」をも、あけられてしまったということなのである。
もしかしたら、今後、一部のサイクリストにとっては「以前の曖昧な方がよかった」という局面がくるかもしれない。権利の当然として負荷される、責任と義務ゆえに「以前より窮屈になった」ということになるかもしれない。
だが、それはいずれ必要なことだったのだ。
諸君、未だに信じられない気分でいるのもさることながら、私はあまりに針が逆に振れすぎて、正直なところ、戸惑っている。というのか、なんだか自転車人としてのあまりの責任の重圧に震えるような心境なのだ。
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