2006年12月8日 
 
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┏━┫ 週刊 自転車ツーキニスト "Weekly Bicycle Tourkinist" ┣━┓
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       【さらに続報】反論の方向性の275号
 
 <お断り>
 *前々号で予告した「警察の思惑がどこにあるか」については、すいません、また次のメルマガにて、ということにさせて下さい。
 昨日の今日なんで、ラジオの話をまず。
「喫緊ながら、幕間のお話 2」ということです。
 
■ラジオの聴取率は大まかなところテレビの10分の1だが……
 
 いやー、徹夜明け勤務でのラジオ出演は、さすがにつらかった。
 昨夜のTBSラジオ「アクセス」の話だが、しかしまあ、スタッフの話によると、かなりの反響だったそうな。「メールもファクスも普段とは量が違う!」とのことだった。
 我々自転車人のみならず、一般にも「自転車」というのは身近だからかね。良きにせよ、悪しきにせよ。トラックドライバーからの意見、なんてのも出てきたし。
 
 今回のラジオというのは、実は、こちらから頼んだ話じゃなく、担当のプロデューサーから「だったら、出てよ」ということで持ち込まれたもので(なぜか私のメルマガを読んでいてくれたらしい)、私は番組の趣旨をあまりよく知らなかったのだ。
 出演時間はおよそ40分。
 私は当初、その40分をフルに使って、大演説をしようと思っていた。ところが、この「アクセス」という番組「聴取者からの生電話に生でこたえる」という番組だったんだなぁ。アグレッシブといえば、アグレッシブ。リスナーの立場からは面白いと思う。
 だが、こっちにとっては、喋りたいことの10分の1も喋れなかった。私の出番の終了時間23時27分まで、あ、あと15分、あ、あと7分、もっとオレに喋らせろぉぉぉ、という感じだった。そこが少々残念。
 聴いてくれた人も「ちょっと不完全燃焼」という感を持ったと思う。申し訳ない。
 うーん、しかし、私にとってもあの状況ではあの程度が限界だったのだよ。すまん。
 でも、ま、ね。
 一般のリスナーに、少なくとも「こういう問題があるのだ」ということは提起できたような気がする。こういうのの積み重ねが、土壌を耕していくのだ。
 猶予はあと2ヶ月。まだまだやるぞ。出してくれ、ニッポン放送、文化放送。ギャラはタダで全然かまわん(TBSラジオはもちろんノーギャラ。社員だからね。局アナと同じ扱い)。私がTBSだからダメ、というのであれば、別の人を紹介するからさ。
 
■今回の戦略
 
 さて、このところ色々考える中、一般の人々に「この法案(提言)はおかしい」と気づかせるためには、やはり「弱者優先の原則」を貫いた方がいいと思うのだ。
 上記の番組の中でも、視力障害者からの電話「私たちの立場からは歩道の自転車は恐くて困ります」というのが紹介されていたが、これはやはりヒントだと思う。ま、ヒントどころか、大問題なのだが、こういうのを一つ取っても、今回の改正案はおかしい、ということを提示していく。そして、ココの部分が、一般にも受け入れやすい部分であろう。
 
 我々は「自転車の権利」を声高に叫んではならない。
 叫びたいのはやまやまだが(実際に我々が正しく、日本の「常識」の方が間違っているのだから)、そこをグッとこらえて、すべての交通人にとっての「最大多数の最大幸福」を言わねばなるまい。
 もちろん現在の「自転車マナー・デタラメ状態」に関してだって認める。認めた上で、それを正さねばならない、という立場だ。正すためにも、車道通行が必要なのだから(これは本当。自転車は自転車で「無責任な交通機関」であることを脱さねばならない)。
 そして、次なる輝かしい自転車の時代を待つのだ。
 
 我々が一般社会に向けて、特に強調すべきは次の通りだ。
 
○今回の法案(提言)は、歩道の危険を確定させるもので、弱者優先の大原則を踏みにじるものであること
 
○歩道は、一般の歩行者のみならず、障害者、老人、幼児、ベビーカーなどの安全が確保されるものではならないこと
 
○自転車の歩道解禁どころか、現在は、歩道を歩行者(をはじめとする交通弱者)に、返さねばならない時期がきていること(世界の状況を鑑みてもそういう時期)
 
○歩道の安全化は、高齢化が最高水準で進む日本にこそ、もっとも必要とされる施策であること
 
○車道オンリーを言うのではなく、本当に歩道しか走れない自転車(幼児、学童など)などには「歩道通行の認可」を考えるべきこと
 
○自転車のルールとマナー教育の徹底が急務であること
 
○将来的には「車道側の自転車レーン」こそが必要であること
 
 その上で法案(提言)と日本の交通行政の矛盾をつかねばならない。
 
○今回の法案(提言)は「自転車と歩行者の事故が急増している」ということを問題視しながら、その解決法が「歩道通行容認」という、完全に矛盾したものであること
 
○「歩道を自転車で通行してもいい」としているのは、世界中で日本だけであること
 
○その日本が、先進各国の中で、自転車乗車中の事故率ダントツでナンバー1であること
 
 そして「常識」とされることの間違いを指摘するのだ。
 
○実は自転車にとっても、歩道通行よりも車道通行の方が安全である、という世界的に認定された事実があること(*これは説明なしには分かりにくいことが難点)
 
○日本独自の「自転車使用の多様性」と言われるものは「歩道通行可」という間違った状況下で生まれ、そう見えるだけのものであり、基本的には存在しないこと
 
○「道が狭い」などのネガティブファクターは、欧州各国であっても同じであり、日本独自のものではないこと
 
 そして、最後に出てくるのが、環境と、これからの交通社会のあり方だ。
 
○本来、自転車は健康的で環境に優しい21世紀型の乗り物であること
 
○交通行政の基本は「共存」であり、考えるべきは「道路のシェアリング」であること
 
○新たな道路のシェアリングとは、歩行者の安全を守り、環境にいいものではなくてはならないこと
 
 いわば、一般の人に向けての、こちら側からの「逆提言」である。
 いかがだろうか?
 
■どう考えてもおかしいよね
 
 それにしても、司会の渡辺真理(実は私の1期後輩でした)からも指摘されていたけど、リスナー電話(合計7人)のトラックドライバーにとっても、自転車ツーキニスト(1人いた)にとっても、基本的な考え方は「自転車の走行空間の確保」なのだ。これはすべてに共通していた。
 誰もが「今の状況はおかしい」と思っている。
 それなのに、今回の法案(提言)は、そのおかしい「今」を、さらにおかしい「ハイパー今」に確定するものだといえる。
 どう考えても奇妙な話だ。
 つまり、行政側は、70年代後半の「悪しき昭和的モータリゼーション」を、さらに推し進めようとする方向に向かっているわけだ。この環境の時代に。過度なクルマ依存社会が問題視され、自転車対歩行者の事故が急増している、この時代に。
 ヘンだ。
 なぜ警察庁は、そこまで拘泥する?
 その焦点は、今、3年後に向けて動き始めている話にある。
 もちろん「速度制限見直し」のことなんだが、この話、部分的には正しい(と私は思っている)ものの、別の部分は、意味が分からないほどの大間違いを孕んでいる。
 
 この続きは、次号。
 
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